最悪だ。

 

なんだ?なんなんだ?何なんだろうなこの状況。

 

外は真っ暗、何故か不良と戯れていた奴らと俺を合わせて合計九人でカラオケに来ている。

 

なぜだ?なぜ・・・・・だったっけ?

 

・・・・・ええっと・・・・・ああ、そうだな、そうだった・・・・・。

 

校門を出ようとした瞬間、

 

「あ!!氷河君!!助けてー!!」と、俺に気づき、多少震えている坂井の声。

 

振り向こうかどうか迷った、通常なら振り向かないのだが、いくつかの視線を感じとり振り向いた。

 

迷子が母親に自分の存在をアピールするかのように両手を振りながら俺を情けない面で見ている坂井。

 

俺は口をへの字に曲げ、無視して帰ろうと決意しクルリと坂井たちに背を向けた。

 

一歩・・・あと一歩で校門を出られた。

 

だが背中に突き刺さるおびただしい程の視線の数々・・・そして目の前三十センチも無いであろう距離に居る高崎。

 

視線を合わせないようにしようとする暇もなく瞬時に高崎と視線が合ってしまい、一気に冷や汗が出てくる。

 

如何すればいいか分からずとりあえず俺を見ている愛川姉。

 

早く帰りましょうとでも言いたげな眼で俺を見てくる愛川弟。

 

リストラ寸前の社員が社長に直談判しているような眼で見てくる坂井。

 

子供のころ初めてサンタが家に来た時のような眼で見てくる美珠。

 

そして俺の目の前で腕を組んで仁王立ちをして、

 

授業中騒いでいる生徒を無言で黙らせようとする教師のような視線でこっちを睨む高崎。

 

それだけではない。

 

靴箱からこっちを何気に見ている相沢さん。

 

騒ぎを聞きつけ美術部部室美術室から俺を見て「助けなければ殺す」といわんばかりの鬱陶しい視線を送ってくる雅。

 

グラウンドから一歩でも校門に向かって動いたら構えている野球ボールを投げてきそうなほど今まで見たことも無い険しい表情をしている櫟。

 

ちょっとした騒ぎに耳を貸し窓から顔を出しているものの有名不良3人組が怖くて出てこられない女教師。

 

そしてこの学園のアイドル的存在である美珠がらみのことなので、何食わぬ表情で色々な所からこっちをヒソヒソと見てくる生徒たち。

 

・・・・・今の俺はまるで蛇に睨まれた蛙・・・・・イヤ。

 

間違えて蛇の住処に入りアナコンダに囲まれてしまった毒を持ったカエルのような気分だ。

 

こちらからアナコンダたちに逆らうことも出来ないが、アナコンダたちも毒を持った俺を下手に攻撃することは出来ない。

 

・・・例外が数匹居るけどな。

 

どうするか迷った。

 

俺が実行者ではない場合、多数決的に3対無数で美珠たちを助ける方に一票追加する。だが実行者は俺だ。

 

こんな面倒なことをすすんでやる奴なんて早々・・・居るんだろうが俺はしたくない。

 

こんな面倒なことをするくらいなら生徒会が今年から始めた学校改築募金に五円ほど募金する方がまだマシだ。

 

ちなみに学校改築募金と言うのは、

 

『部室不足で困っている学校に新しく部室を作るため、募金をしてください。』

 

と通告掲示板の三分の一を占めて広告を張り出しているにもかかわらず、

 

今だ集まった金は一万円にも満たない孤児院でやっていたベルマーク集めのような募金だ。

 

クラブで何かの大会に優勝したときにでた賞金なども改築に費やされているようだ。

 

周りからの視線に耐えながら目の前の人物が不審な動きをとらないか心配している俺は一種のいじめに合っているんだろうな。

 

無数の生徒だけでなく教師すら混じった新種のいじめだ。

 

コレはもう決断するしかないな。この場から逃げ出しあとで酷い目に合うか、

 

この場で何の得も無い労働をして何事も無かったかのように今後を過ごすか・・・

 

俺は圧倒的にリスクの少ない後者を選ぶ。

 

ゆっくりと振り返り、イヤイヤ不良君達三人組にアイコンタクトを試みる。

 

面倒なことはしたくないので今日のところは帰ってくれ・・・と。

 

如何通じたかはよく分からないが「ちっ!」と舌打ちして早足に退散していく不良達。

 

まさか通じるとは思わなかった・・・俺にはテレパシー能力があるかもしれないなと非現実的なことを考えながら、

 

本当はただ睨んだだけだぞと現実的なことを自分に言い聞かせる。

 

「先輩危ない!!」

 

愛川弟の声と一緒に腕を十本指で掴まれ投げ飛ばされ飛んでいく俺。

 

勢いに身を任せ空中一回転をするとそのまま何もせずとも着地できた。

 

着地した所を高崎が猛スピードで近づいてきて、右手で顔面狙いのパンチを繰り出してくる。

 

左手でパンチを止めて、右手で肩を掴み、右足でそいつに足払いをかける。

 

「ひぇ!?」

 

案外簡単に足払いにかかった高崎の情けない声より数秒遅れて、

 

両手で地面に頭を打つ直前高崎の体を受け止める。

 

痛みを覚悟してか、ギュッと目を瞑っている。

 

頭と背中に感じるコンクリートとは何か違う感触を不審に思ってか、恐る恐る目を開ける高崎。

 

目を開けたら何をされるのかわからないので完全に目を開け終わる寸前に手を放す。

 

「痛!!」

 

手を放したので当然高崎は地面に落ちる。

 

2センチの高さもないので命の別状はないだろう。まあ、少しは罪悪感が湧くが俺は自分の命を優先する。

 

「受け止めたんならはなさないでよ!」

 

起き上がりながら怒鳴りつけられる。相変わらず元気のいい奴だ。怒鳴るより先に受け止めたことに対して礼を言え。

 

起き上がった瞬間殴られるかもしれないので3歩ほど後ろに下がる。

 

残念ながら下がった先は校門側ではなく校舎側だ。いざとなったら裏門を飛び越えてでも逃げるとするか。

 

「なに?」

 

目を細めて俺を見てくる高崎。体全体からドス黒いオーラが出ている。

 

冷や汗が出てきたのだがそれどころではない。

 

逃げようか?いや、逃げれないだろう。というより相手を刺激するような行動はしないようにしなければ・・・。

 

とりあえず話をしよう。

 

「・・・何か用か?仁王立ちで俺の行く道を塞いだうえ俺に鹿をも射止めるような『助けないと殺す』と言わんばかりの視線を送ったうえそれを実行したにも関わらずいきなり殴りかかってくる挨拶は如何かと思うぞ。」

 

ミスだ。今のは完全に相手を刺激する発言だ。このままでは殺される確立79だ。

 

ゆっくり起きあがった高崎からさらに2歩距離をとる。

 

「ほほ〜、それじゃあアンタはあたしやその他諸々の方の視線がないと何もやらないと?」

 

「・・・ああ」

 

ゴゴゴと異様な効果音とともに言葉を発した高崎にたいし、コレも返事を誤ったと思いながら何食わぬ顔でいつでも逃げれるようにもう一歩下がっておく。

 

だが言った言葉は本音、自ら飛び込んだ二人を助けるなんて馬鹿らしい。

 

愛川姉の場合も愛川弟は楽しそうと言ったんだ、楽しそうなのだからべつにほっといてもいいじゃないか。

 

だが声には出さない。凶暴な猛獣を刺激してはいけないと授業で習ったからだ。

 

だがまあ、コレまでの刺激で十分猛獣は怒りを溜めているらしく、ドス黒いオーラは六歩分先に居る俺まで届きそうなほど拡大している。

 

逃げるが勝ちと何処かで聞いたことがある・・・。

 

「・・・じゃあな。」

 

振り返り走ろうとした瞬間、体の色々な所を掴まれる。

 

「逃げる気?」

 

まず視線を向けた先には笑顔だが頭の所々に4方向に分かれた怒りを連想させる皴をつくっている高崎。

 

掴んでいる場所は頭、右手の五本指で掴んでいるためかなり痛い。

 

「走ったら追いつけませんから。」

 

次の視線の先には笑顔でコイツにとって最優先ことを言う愛川弟。

 

右手首を右手で血が止まるほどがっちり掴んでいる。

 

「・・・ありがとう。」

 

次はおそらく落ち着いた目で俺に向けて初めて物をしゃべった愛川姉。

 

右肩を右手で・・・掴んでいると言うより乗せている。

 

あまり意味は無いんだろうがきっとみんなが掴むのでノリで乗せたんだろう。

 

「助かったよ氷河君〜。」

 

次は半泣き状態で情けない声をあげる坂井。

 

左腕のひじ辺りを両手できっちり掴んでいる。

 

「ありがと!」

 

今度は笑顔で全くもって愛川姉と同様ただ単に礼を言いに着ただけだと思われる美珠。

 

だが左肩をミッチリ動けないように掴んでいる

 

「よお、花梨を見捨てて逃げようとしたな?」

 

「花梨ちゃんを見捨てようと考えるなんて・・・命知らずだなぁ?」

 

右足を雅、左足を櫟が踏んで、全く動けなくしているのがこの二人。

 

見るからに鬼のような顔だ・・・イヤ、少なくとも今の俺にはそう見える。

 

それに色々な所から来るいろいろな視線もかなり気になる。

 

騒動を目撃し、心臓を高鳴らせていた生徒たちは俺や不良達以外に対するハッピーエンドを見届けもとの作業に戻り、

 

美男子・美少女の集団に目を奪われている生徒の視線が何気にこっちに向いており、

 

何の集まりかわからず、ただただ見ている生徒の視線は何故か期待に満ち溢れており、

 

こちらに出向かなかった女教師は元気に「ほらー、早く作業に戻りなさい。」と自分の手柄のように胸を張って生徒に指示をしつつこっちに感謝のこもった視線を送る。

 

俺は如何することも出来ずにただ成り行きに従った・・・・・・・ら、いつの間にか冒頭の場所にいるわけである。

 

どうやってここまで来たかすら覚えていない。

 

オレンジジュースをストロー越しに飲んでいる何故か全く関係ないのに愛川兄弟が誘った相沢さんを見ながらため息をついた。